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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6576号 判決 1982年9月24日

原告 片岡利明

右訴訟代理人弁護士 新美隆

被告 国

右代表者法務大臣 坂田道太

右指定代理人 坂本由喜子

<ほか三名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五四年八月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  主文同旨

2  予備的に担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、いわゆる連続企業爆破事件について爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂及び殺人予備の罪名で起訴され、昭和五〇年七月から東京拘置所に勾留されている刑事被告人であり、「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」(以下「共同訴訟人の会」という。)の会員である。

2(一)  原告は、昭和五四年三日二二日、次のようなポスター一枚(以下「本件第一次ポスター」という。)を作成して、東京拘置所長に対し救援連絡センターあて発信を願い出た。

右ポスターは、原告が筆記用に房内所持を許されていたB4判の西洋紙二枚を張り合わせて作った一枚の紙に、黒色サインペンで「監獄法改悪粉砕」「獄中者に法制審を知らせよう」「統一連絡網を組織しよう」との大きな文字及び手錠を施された左腕図を描き、下方に「79・3・20片岡利明」と小さく記載したもので、「監獄法改悪粉砕」の文字はゴシック体風にデザイン化したうえ、「監獄法」「粉砕」の文字には原告が観賞用に差入れを受けて房内所持を許されていた水仙の葉及び花を用いて緑色及び黄色に着色し、「改悪」の文字には赤色ボールペンで着色し、また、左腕図には所内の給食の際に調味料として支給されたしょう油を用いて薄茶色に色づけを施してある。

(二) 原告の右発信出願に対し、東京拘置所長は、それが信書の発信出願に当たらず監獄法五二条に基づく領置物の充用の出願に当たるものであると解したうえで、用紙を張り合わせて許可外の大判としていること並びに花及びしょう油による着色が用途逸脱であることを理由に、同月二四日右発信を不許可とした。

(三) しかし、右不許可は次の理由から違法である。

まず、本件第一次ポスターは、原告から救援連絡センターの事務局員に対し監獄法改正反対等の意思内容を伝達するためのものであるから、監獄法にいう信書に当たるものである。したがって、その発信を領置物の充用の問題であるとするのは処理を誤っている。仮に右ポスターが狭義の信書には当たらないものであるとしても、東京拘置所では従前からカット画やパンフレットの表紙デザイン画等については何の問題もなく発信を認めているのであるし、また在監者が房内所持を許された紙を張り合わせたり、発信文にイラストを入れて花やしょう油で簡単な着色を施すことなどは、従来多く行われてきたことであって、これが禁止されたことはない。本件の不許可は、監獄法改正に対する抗議運動を抑圧する政治的目的で行われた不公平かつ恣意的な処分である。在監者が発信について本件程度のささやかな工夫をしたからといって、監獄の管理運営に支障を生じさせるわけではなく、このようなものまでを禁止することは非人間的取扱というべきである。

3(一)  原告は、本件第一次ポスターの発信が不許可とされたため、同年四月五日、次のようなポスター一枚(以下「本件第二次ポスター」という。)を作成して、東京拘置所長に対し救援連絡センターあて発信を願い出た。

右ポスターは、前同様のB4判西洋紙に、黒色サインペンで「監獄法改悪粉砕」「獄中者に法制審を知らせよう」「統一連絡綱(「網」の誤字)を組織しよう」との大きな文字及び左腕図を描き、上方に「前略監獄法改悪を阻止するため獄中より心からのアピールを送ります。」との文言、下方に「1970・4・5片岡利明」「救援連絡センター殿」「P・S・署名紙同封します。」との文言を小さく記載したもので、「監獄法改悪粉砕」の文字はゴシック体風にデザイン化したうえ、「監獄法」の文字には赤色ボールペンで着色し、「改悪粉砕」の文字には原告が観賞用に差入れを受けて房内所持を許されていた花の葉を用いて緑色に着色し、また、左腕図には所内の給食の際に調味料として支給されたしょう油を用いて薄茶色に色づけを施してある。

(二) 原告の右発信出願に対し、東京拘置所長は、前記2(二)と同様の理由(ただし、用紙が許可外の大判であるとの点を除く。)により、同月七日右発信を不許可とした。

(三) しかし、右不許可も前記2(三)と同様の理由により違法というべきである。

4(一)  原告は、昭和五二年四月一九日、原告の前記刑事被告事件の弁護人である内田雅敏弁護士から、監獄問題について質疑が行われた昭和五〇年四月一六日の衆議院法務委員会会議録第一八号のコピー(以下「本件会議録コピー」という。)の差入れを受けたが、東京拘置所長は、昭和五二年四月二一日、右コピーのうち五か所三六行を抹消して原告に交付した。

(二) しかし、右抹消部分を原告が読むことによって東京拘置所内の規律を乱し正常な管理運営に著しい支障を生じるおそれは全くなかった。それゆえ、右抹消は原告が国民として国会の審議活動を知る権利を不当に侵害するばかりでなく、原告の訴訟準備のためにする弁護人との交通を妨害する点で憲法三七条、刑訴法三九条にも違反するものであり、違法というべきである。

5(一)  原告は、昭和五四年二月一〇日、共同訴訟人の会の活動の一環として、大阪拘置所の在監者鈴木国男が三年前に同拘置所保護房内で看守の暴行により殺害された事件につき行刑当局に対し抗議の発信を行うよう呼びかける趣旨の信書を東京拘置所在監の同会会員である高尾猶行、岸本淳子及び秋山芳光あてに発信した。ところが、東京拘置所長は、右信書のうち岩本及び秋山あてのものにつき受信時検閲の際に右発信趣旨に係る部分を全部抹消した。

(二) 右抹消は、行刑当局の非違に対して平穏に組織的抗議を行い、当局の行政方針の改善を求める在監者の最低限度の政治的権利の行使を何らの合理的理由もないのに不当に妨害したものであり、違法である。

6(一)  原告は、東京拘置所で支給される食事の中に異物や腐敗した野菜等がしばしば混入していたため、他の行政機関に実情を訴えて改善させることを考え、昭和五四年二月三日、同拘置所内の共同訴訟人の会の回覧書簡である「会員短信」(第二号)に、会員各自が食事中の異物を採取して葛飾保健所に送るよう呼びかける記載をして前記高尾猶行あてに発信した。ところが、東京拘置所長は、受信時検閲の際に右発信趣旨に係る部分を全部抹消した。

(二) 右抹消は、東京拘置所における食事の非衛生が組織的に他の行政機関に明らかにされることを阻止するために行われたもので、何ら合理的理由はない。これによって原告らが保健所に実情の深刻さを認識させて改善指導を行わせるという当然の権利が妨害されたのであるから、右抹消は違法である。

7  原告は、国家公務員である東京拘置所長の故意又は過失に基づく以上のような違法行為により多大の精神的苦痛を受けたものであり、その慰謝料は、2及び3の行為につき八〇万円、4の行為につき五万円、5の行為につき一〇万円、6の行為につき五万円、以上合計一〇〇万円を下らない。

8  よって、原告は被告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五四年八月二六日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)(二)の事実は認めるが、同(三)の主張は争う。

3  請求原因3(一)(二)の事実は認めるが、同(三)の主張は争う。

4  請求原因4(一)の事実は認めるが、同(二)の主張は争う。

5  請求原因5(一)の事実中、鈴木国男が看守の暴行により殺害されたとの点は否認するが、その余は認める。同(二)の主張は争う。

6  請求原因6(一)の事実中、東京拘置所の給食の中に異物等がしばしば混入していたとの点は否認するが、その余は認める。同(二)の主張は争う。

7  請求原因7の事実中、東京拘置所長が国家公務員であることは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  請求原因2について

(一) 本件第一次ポスターは、原告がその主要部分を自弁購入に係る西洋紙、筆記具等を用いて作成した新たな物であり、監獄法施行規則一四八条による領置の対象物である。監獄法上の信書とは、特定人から特定人にあてられた通信文を内容とする文書をいうものであるところ、本件第一次ポスターは、その形状、表示内容、着色状況及び作成経緯等から不特定多数人に展示するために作成された一個の作品(物)であって、信書には当たらない。したがって、その発信の出願は、監獄法五二条に基づく領置物の充用の出願に当たるものであり、監獄の長は、同条の「情状」として充用の当否に関する一切の事情を考慮して裁量によりその許否を決することができる。

(二) ところで、監獄は集団拘禁生活を管理するところであり、拘禁目的の達成、規律の維持、処遇の平等、保健衛生の保持等の行政上の要請から、拘禁生活に必要とされる物品について基本的に官給主義をとり、右行政上の要請を阻害しない範囲で私物の所持使用を認めている。しかし、右の範囲内で所持使用を許された私物及び官給品の使用といえども、在監者の全くの自由にゆだねられるものではなく、使用目的等を特に明示していない場合でも社会通念にかなった当該物品本来の用法に従った使用に限られるものというべきである。当該物品本来の用法を逸脱する態様の使用は、その結果として在監者処遇の適正を害し、物品不正製作等の規律違反行為に結びつくなど、監獄の管理運営に著しい支障を生じさせるものである。しかも、用法逸脱の程度とそれが監獄の管理運営に与える障害の程度とは比例しておらず、用法逸脱の程度が一見軽微であっても、同様の行為が監獄内に伝播したり、あるいはその用法逸脱をヒントに他の巧妙な用法逸脱に発展したりすることもある。したがって、用法逸脱につきいかなるものを許し、いかなるものを禁止するかについては、監獄内の事情に通暁し、専門的、技術的知識と経験を有する監獄の長の判断が尊重されなければならない。

(三) 本件において、原告は、本件第一次ポスターを作成するにあたり、用紙、花及びしょう油について本来の用法を逸脱した使用を行った。まず、用紙についていえば、大きさをB4判のものとして購入使用を許可されていたにもかかわらず、これを二枚張り合わせて規格外サイズのものを作って使用したが、これは用紙の大きさをB4判として許可した東京拘置所の取扱に反するものであり、これを認めることはB4判サイズとしてそのまま使用している他の在監者との間に処遇の公平を欠くこととなる。また、張合せ部分が多い用紙の所持使用を認めることは、定期的に職員が行う検査に手間がかかり、また、その検査に際して破れたり汚損したりする可能性もある。更に、張合せという加工を許すと、紙を用い、あるいは他の物と併用して、箱、衣紋掛け、人形などあらゆる物を作ることが可能であり、悪用のおそれがある。次に、着色に用いた花は房内観賞用として差入れを許可され所持していたものであり、しょう油は調味料として支給されたものであり、社会通念上これらを着色の用に供することなどは考えられないことであるばかりでなく、監獄においてしょう油などの調味料を含めた食糧品が他の目的に使用されることになれば、当該物品の消費量が増大し、食糧品について、体質、健康、年齢、作業等を斟酌して必要な量を給するという監獄法三四条の趣旨が没却されることになる。また、この種の用法逸脱により外部に対する不正連絡を図った実例もある。

東京拘置所長は、以上の考慮に基づき、監獄法五二条にいう情状の判断として、本件第一次ポスターの発信出願はこれを不許可にすることが相当であると認めたものである。

もっとも、東京拘置所では、在監者が通信文にイラストを入れてしょう油や花の汁で簡単な着色を施した信書の発信を許可した事例が僅かながらある。しかし、右取扱は以下のような理由に基づくものである。信書中にしょう油、花等の用法逸脱による着色が施されている場合、その用法逸脱が監獄の管理運営に支障を生ぜしめるものであることは基本的には本件の場合と異ならないが、信書は特定人間において発受されることから本件の場合と比較して右着色の事実が広く知られる可能性が極めて少ないうえ、従来着色のまま発信を許可した信書は、あからさまに大々的な着色を行っている本件のポスターと比較してその着色の程度が軽微であったためであって、前記の事例と本件の処分とは何ら矛盾するものではない。

2  請求原因3について

東京拘置所長は、本件第二次ポスターの発信願について検討した結果、同ポスターは、先の本件第一次ポスターに比し、その使用した用紙がB4判の紙一枚であること及び一部に救援連絡センターに対する通信文形式の記載のある点が異なるものの、その表示内容、着色状況、作成の目的、経緯等は本件第一次ポスターと同一であり、全体として不特定多数人に展示するために作成された一個の作品(物)と認められ、信書とは認められず、かつ、着色を施すにあたって本件第一次ポスターと同様に花及びしょう油の用法逸脱があったことから、その出願を不許可とすることを決定した。

本件第二次ポスターの上方及び下方には通信文形式の記載があるが、この部分のみを残して他の部分を抹消削除する措置をとることは、これにより本来信書でない一個の作品(物)を信書として作り変える結果となり、書信事務に対する不信を招き、円滑な書信事務の運用に障害を来たすことが予見されたため、適当でないと判断して、本件第二次ポスター全部の発信を不許可としたものである。

3  請求原因4について

(一) 監獄内における在監者の文書図画の閲読について、監獄法三一条の規定を受けた同法施行規則八六条一項は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セス且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と定めている。そして、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令矯正甲第一三〇七号。以下「取扱規程」という。)及びその運用通達である「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月二〇日矯正局長依命通達矯正甲第一三三〇号。以下「矯正局長依命通達」という。)においては、右法令に基づき次のような具体的な取扱基準を設けている。すなわち、取扱規程三条一項は「未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、次の各号に該当するものでなければならない。」として「罪証隠滅に資するおそれのないもの」「身柄の確保を阻害するおそれのないもの」「紀律を害するおそれのないもの」の三つを挙げ、矯正局長依命通達の記の二1においては、右基準に照らして閲読の許否を審査する際の留意事項を具体的に例示したうえ、「その閲読が、拘禁目的を害し、あるいは当該施設の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有するものと認めるとき」は、閲読を許さないこととしている。

(二) 原告に差し入れられた本件会議録コピーは、昭和五〇年四月一六日衆議院法務委員会において行われた横山利秋議員と法務大臣及び政府委員との間の矯正行政に関する質疑についての会議録のコピー三枚であるが、右質疑は、同年三月二二日千葉刑務所収容中の受刑者泉水博が同所管理部長を襲撃した刑務事故に関するものであり、右会議録には五か所三六行にわたり右襲撃事故の具体的状況(襲撃に用いた凶器、襲撃の場所、方法及び負傷の程度等)に関する記載があった。一般にこのような刑務事故の手段、方法、態様等の詳細に関する文書を在監者に閲読させることは、在監者を多数収容管理している監獄の平穏と秩序を確保するうえで重大な支障を生ずるおそれがあるものであるが、特に本件抹消当時の東京拘置所においては、いわゆる公安事件関係者が多数収容されており、拘置所の秩序破壊を企図する外部集団の活動に呼応して、シュプレヒコール、足踏み、房扉房壁乱打、点検拒否、ハンスト等の規律違反行為を反復し、一人が右のような規律違反行為を始めると、相呼応して他の者も同じような行為を行うため舎房全体が騒然となることもあるという状況であった。

本件抹消措置は、このような状況下において前記五か所三六行の記載を原告に閲読させることが同拘置所内の規律を害し、その正常な管理運営に著しい支障を生ずる相当の蓋然性を有するものと判断して行われたものである。

4  請求原因5について

(一) 在監者による信書の発受については、監獄法四六条、五〇条及び同法施行規則一三〇条一項によって監獄の長が当該信書を検閲し、それが、発受されることによって拘禁目的を害し、あるいは監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有すると認められる場合には、その部分を削除抹消し、その部分が信書全体に及ぶときは発受そのものを許さないとする措置をとることもできる。

(二) 原告が高尾猶行、岸本淳子及び秋山芳光あてに発信を願い出た信書には、大阪拘置所の在監者鈴木国男が保護房内で虐殺された旨の虚偽の記載と右虐殺事件を糾弾する抗議文を行刑当局に送付するよう呼びかける趣旨の記載があり、この呼びかけは共同訴訟人の会の活動の一環として行われたものであるが、これらの記載をそのままその名宛人に受信させることは、以下のような理由により、東京拘置所内の規律を害し、その正常な管理運営に著しい支障を生じる相当の蓋然性があるものと認められた。

すなわち、原告及び右三名の受信者が会員である共同訴訟人の会は、監獄解体、獄中者解放を目標とした対監獄闘争の必要を訴える活動を展開し、東京拘置所等において会員在監者がハンストその他の規律違反行為をしばしば行っていた。また、同拘置所には当時前記のとおり公安事件関係者が多数収容されていて、共同訴訟人の会の主唱、煽動する対監獄闘争に興味と関心を示す者も多く、規律違反行為に出るおそれのある者も多数認められた。このような状況から共同訴訟人の会の会員相互の意思連絡ないし連帯感養成のため行われる所内発信については、規律ないし管理運営を阻害するおそれの有無を慎重に判定する必要があったところ、前記虐殺に関する記載は、内容が虚偽であるうえ、当時の東京拘置所の状況下においてこのような記載の所内発信をそのまま認めた場合には、在監者が職員に対し強い不信感、不安感を抱き、いたずらに抗争的態度に出るおそれがあった。また、呼びかけに応じて共同訴訟人の会の統一行動として抗議文の送付が行われる結果、同会会員としての結束と連帯感を強化し、対監獄闘争の手段としての規律秩序の破壊活動を助長することとなるおそれも認められた。

(三) ところで、本件三通の信書は、いずれも東京拘置所在監者間のいわゆる所内発信であり、同拘置所においては、削除抹消措置を要する所内発信については、受信時に再度の検閲を行う機会があること及び発信手続を迅速に行う必要があることから、削除、抹消措置を発信時には行わず受信時に行う取扱としている。したがって、本件三通の信書については、昭和五四年二月一〇日に抹消措置を全く行わずに発信し、岸本あて発信は同月一二日、秋山あて発信は同月一三日、それぞれ受信した段階で前記の記載を抹消して同人らに交付した。しかし、高尾あて信書については、東京拘置所で同月一四日に受信した際同人が大阪拘置所に移監されていたので、右信書を大阪拘置所に転送したところ、大阪拘置所長は削除抹消を行わずに同月一七日高尾に右信書を交付した。したがって、原告の高尾あて信書については抹消措置は全然行われていない。

5  請求原因6について

原告の発信した「会員短信」は、原告及び高尾を含む東京拘置所在監の共同訴訟人の会の会員数名の間で発受の行われていた獄中回覧書簡(会員の一人が自己紹介を中心とする内容の書面を信書として所内発信し、受信者はその余白に自己に関する事項を書き加えて次の者に発信し、これを繰り返すというもの)であるから、それに記載された記事は、直接の受信者である高尾のみならず他の同会会員の目にも触れることが当然予想されるものである。したがって、共同訴訟人の会の会員に対して、同会の組織的行動として、食事中の異物を採取し保健所に送って検査等を要求するよう呼びかけることとなる記事をそのまま受信、回覧させた場合には、前述した当時の同会会員の動静、東京拘置所内の状況等に照らして、右会員らに給食の衛生保持に対するいわれのない不信感を抱かせ、円滑な給食の実施が阻害されるおそれがあったうえ、更に、同拘置所に対する抗争的態度の発露として異物を偽造して虚偽の申立てを行うことさえ予測された。このため、東京拘置所長は、右記事をそのまま受信させることは同拘置所内の規律を害し、その正常な管理運営に著しい支障を生じる相当の蓋然性があるものと判断して、前記4に述べた取扱に従い受信時において抹消措置をとったものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件第一次ポスター及び第二次ポスター(以下両者を合わせて「本件各ポスター」ともいう。)の発信不許可について

1  請求原因2(一)(二)及び3(一)(二)の各事実は当事者間に争いがない。右事実と《証拠省略》によれば、原告が会員となっている共同訴訟人の会ではかねてから監獄法改正反対運動を行っていたが、原告は、同会の活動の一環として、右改正に対する反対と抗議の意思を獄中から外部に訴え、かつ、右改正のための法制審議会の開催日を在監者に連絡してくれるよう求める趣旨のポスターを作成して、これを救援連絡センターの事務所の人目につく場所に展示してもらうため、原告主張の方法によりその主張のような内容の本件各ポスターを作成し同センターあて発信を願い出たものであることが認められる。

してみると、本件各ポスターは、ゴシック体風の文字やイラストが用いられているものの、原告の意思ないし思想内容を外部に伝達するための手段であることに主たる意義を有する表現物であるということができる。それは、不特定多数人を伝達の対象として予定したものであり、その大きさ、形状、内容等が所期のアピール効果をあげるのにふさわしいように工夫されている点では、通常の信書とは異なるが、外部に対する具体的な思想表現行為の一態様であるという点を重視すれば、監獄におけるその発信の許否については、在監者の発表する著作物などと同じく、信書に準ずるものとして取り扱うのが相当である。

2  ところで、監獄法は、受刑者及び監置に処せられた者に係る信書については、不適当ト認ムルモノハ其発受ヲ許サス」と定めている(四七条一項)のに対し、未決拘禁者に係る信書の発受を禁止し得るか否かについては明文の定めを置いていない。しかし、同法五〇条及び同法施行規則一三〇条一項の規定により、監獄の長は未決拘禁者を含む在監者の発受する信書を検閲する権限を有しており、その権限は、監獄における拘禁目的を達成し、監獄の正常な管理運営を確保するために認められたものにほかならないことからすると、右検閲権の内容又はこれに付随するものとして、検閲の結果当該信書の発受を許すことにより拘禁目的を害し又は監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があると認められる場合には、監獄の長においてその発受を許さないことができるものと解すべきである。しかして、右相当の蓋然性の有無の判断については、事柄の性質上、監獄の諸事情に通暁し、かつ、在監者の処遇等に関して専門的、技術的知識と経験を持つ当該監獄の長に合理的な裁量が認められているというべきである。

3  本件において、東京拘置所長が本件各ポスターに共通する発信不許可事由としたのは、右ポスターの着色のために花及びしょう油が本来の用途を逸脱して使用されているということである。そして、前記争いのない事実によれば、右花は観賞用として房内所持を許されたものであり、また、しょう油は所内の給食の調味料として支給されたものであるから、これらをポスターの着色のために用いることは、社会通念に照らし、右の所持許可又は支給の趣旨を逸脱した用法であるといわざるを得ない。

在監者を集団的に拘禁する監獄内においては、拘禁目的の達成、規律の維持、処遇の平等、保健衛生の保持、物品管理の適正確保等の要請から、在監者に物品の自由な所持使用が許されないことは当然であり、監獄法及び同法施行規則がその各第七章及び第一〇章において給養及び領置に関し詳細かつ厳格な規定を設けているのは、このことを前提とするものである。この趣旨に照らすと、在監者が房内の所持使用を許された私物及び官給品のいずれについても、これを自由に右許可又は支給の趣旨を逸脱した他の用途に供することは認められていないところであると解される。この用途外使用を在監者の自由とするときは、あたかも当該他の用途に供することを目的とした新たな物の所持使用を放任するのと似た結果となり、処遇の平等のうえで問題を生ずるばかりでなく、監獄における物品の適正な管理を妨げるおそれもあり、更に、場合によっては拘禁目的を害し、あるいは監獄の規律秩序を乱す行為に利用されることもあり得るからである。もとより、用途外使用といっても、その目的、方法、態様、程度、効果や、それが他に及ぼす影響等はさまざまであり得るが、それらは監獄の長の許否の判断にあたり考慮されるべき事柄であり、右判断を経ることなく当然に用途外使用をなし得るものということはできない。

4  そこで、前記用途外使用により着色された本件各ポスターを発信することが拘禁目的を害し又は監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があるか否かについて検討する。

右ポスターの作成が共同訴訟人の会の活動の一環として行われたもので、右ポスターが救援連絡センターに展示されるものであったことは前記のとおりであるところ、《証拠省略》を総合すれば、一部の在監者で結成した獄中者組合及び共同訴訟人の会は、在監者を権力による不当な弾圧の被害者とする立場から監獄解体、獄中者解放を唱え、これに所属する在監者が東京拘置所等において相呼応して点検拒否、ハンスト、シュプレヒコール、器物破壊等の規律違反を繰り返すなどの対監獄闘争を展開していたこと、昭和五四年二月当時、東京拘置所の在監者は一八〇〇名余、そのうちいわゆる公安事件関係者が一六〇名以上で、なかには対監獄闘争に同調しやすい者もあり、前記のシュプレヒコールがきっかけとなって舎房全体が一時的に騒然となったこともあったこと、救援連絡センターは、獄中者組合や共同訴訟人の会の活動を支援し、これら組織の獄外事務局を同センター事務所内に置き、在監者との連絡、激励等に当たっていたこと、原告は東京拘置所に収容されて以来対監獄闘争の一環として頻繁に点検拒否、職員暴行、大声、指示違反等の反抗的な規律違反行為を重ね、昭和五〇年一二月から同五三年一一月までの間に軽屏禁及び文書図画閲読禁止等の懲罰を受けた回数が九回に及ぶことが認められる。《証拠判断省略》

右事実に基づいて考えると、原告の行った本件各ポスターの着色が用途外使用として本来許されないものであるにもかかわらず、右ポスターの発信をそのまま許すときは、対監獄闘争を反復している原告その他の在監者に対して規律の弛緩を印象づけ、同人らの規律無視、秩序破壊の傾向を助長する結果をきたし、新たな規律違反行為の一因ともなり得ることは十分予想されるところである。のみならず、共同訴訟人の会等と一定の関係にあって、監獄内の処遇状況等にも通じていると考えられる救援連絡センターに本件各ポスターが公然と展示されることにより、本来許されない用途外使用の行われた事実が広く明らかとなり、何らかの形で共同訴訟人の会等による対監獄闘争に利用されるおそれもなしとしない。本件の花及びしょう油による着色それ自体のみをみれば、比較的軽微な用途外使用にすぎないかのごとくであるが、以上のような事情の下においては、本件ポスターの発信を許すことにより、監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があると判断することは、根拠を欠くものでなく、不合理ということはできない。

そして、本件各ポスターは、右用途外使用による着色部分がその中核をなすものであり、この部分を抹消削除することにより全体としての意義が客観的に失われてしまうものと認められるので、その余の記載部分をも含めたポスター全部につきその発信を許さないこととするのもやむを得ないものであるといわなければならない。もっとも、被告の主張によれば、東京拘置所長は、本件各ポスターの発信の許否を領置物の充用の許否の問題として処理したというのであるが、その処理にあたり監獄法五二条にいう情状として考慮したと主張するところのものは、ひっきょう、監獄の正常な管理運営を阻害するか否かということに帰するのであって、同拘置所長が本件各ポスターを信書ないしこれに準ずるものと認めなかったとの一事により、その発信を不許可とすべきものとした同拘置所長の措置を違法とすることはできない。

5  原告は、本件各ポスターの発信不許可は政治的目的で行われた不公平かつ恣意的な処分であると主張する。

確かに、《証拠省略》によれば、東京拘置所においては、これまで、在監者が通信文に花やしょう油で着色したイラストを入れて発信を願い出た葉書又は便箋についてそのまま発信を許した例があり、また、本件各ポスターの発信不許可後に原告が救援連絡センターあて発信を願い出た信書中に本件各ポスター類似のイラストを入れ、これに花及びしょう油で着色したものについても発信を許可したことが認められる。しかし、本件におけるように、不特定多数人に展示されることを予定し、かつ、その大きさ、形状、内容等がアピール効果をあげるのにふさわしいように工夫されたポスターに用途外使用が存する場合と、右に挙げた場合とでは、その発信を許すことによる影響等について必ずしも同様には予測しがたいものがあり、両者の比較から直ちに本件の不許可がいわれなく不公平であるとか恣意的であるということはできない。また、右不許可が原告主張のごとき政治的目的で行われたと認めるべき証拠もない。

結局、本件各ポスターの発信不許可を違法とする原告の主張は採用することができない。

三  本件会議録コピーの抹消について

1  請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  在監者の文書図画の閲読について、監獄法三一条の規定を受けた同法施行規則八六条一項は、「拘禁ノ目的ニ反セス且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と定めている。そして、《証拠省略》によれば、右規定に基づき閲読についての具体的取扱基準を定めた取扱規程は、その三条一項において、未決拘禁者に閲読させる文書図画は、「罪証隠滅に資するおそれのないもの」、「身柄の確保を阻害するおそれのないもの」、「紀律を害するおそれのないもの」でなければならないとし、同条五項において、右により閲読させることのできない文書図画であっても、「所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は切り取ったうえ、その閲読を許すことができる。」としていること、更に、これを受けた矯正局長依命通達の記二1は、右基準に照らして閲読の許否を決定するにあたっては、「罪証隠滅に利用するものであるか否か」、「逃走、暴動等の刑務事故を具体的に記述したものであるか否か」、「所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすものであるか否か」、「風俗上問題となることを露骨に描写したものであるか否か」、「犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたものであるか否か」の各事項に留意し、「その閲読が、拘禁目的を害し、あるいは当該施設の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有するものと認めるとき」は、閲読を許さないこととしていることが認められる。

監獄において拘禁目的を害し又は監獄の正常な管理運営を阻害するような文書図画の閲読が許されないことは当然であり、どのような文書図画がこれに当たるかは、当該文書の内容、形式や在監者の性格、行状等諸般の具体的事情に基づいて個々的に判断されるべきものであるが、大量の文書図画の閲読の許否を多数の在監者について適正公平かつ迅速に行うためには、法の趣旨にそった内部的基準を設定し、これによって運用することが適当である。前記の取扱規程及び矯正局長依命通達はこの見地から定められたものと認められ、その内容は、法の趣旨に適合した合理的なものということができる。そして、これら基準の具体的運用について監獄の長に合理的裁量を認めるべきことは、前記二2で述べたところと同様である。

3  本件会議録コピーの抹消についてみると、《証拠省略》によれば、右抹消に係るコピーには、昭和四〇年三月二二日千葉刑務所において発生した在監者の刑務職員襲撃事件に関し、襲撃の方法、使用凶器、襲撃後の予定行動、被害職員の負傷の程度等が具体的に記載されていること、このため、東京拘置所長は、右記載が矯正局長依命通達にいう「刑務事故を具体的に記述したもの」であって、取扱規程にいう「紀律を害するおそれのないもの」に当たらないと判断し、これを抹消したことが認められる。

右記載内容と、在監者の置かれている特殊な立場及び前記二4で認定した諸事情を合わせ考えると、本件会議録コピーが国会の審議における質疑内容を記載したものであること及び原告の刑事被告事件の弁護人から差し入れられたものであることを考慮してもなお、原告にこれをそのまま閲読させた場合、これに刺戟されて規律違反行為に及ぶなど監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があると判断することは、根拠を欠くものでなく、不合理ということはできない。

したがって、右抹消を違法とする原告の主張は採用することができない。

四  信書の抹消について

1  請求原因5(一)の事実は、看守の暴行により在監者が殺害されたとの点を除き、当事者間に争いがない。

右抹消に係る信書は、原告から東京拘置所の在監者にあてたものであるが在監者の信書の発受が拘禁目的又は監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があると認められるときは、その発受を許さないことができることは、前記二2で述べたとおりである。

2  ところで、《証拠省略》によれば、右抹消に係る信書には、鈴木国男が大阪拘置所で虐殺されてから三年になること、右事件について共同訴訟人の会でも取り組むことになったこと、同会の会員として右事件糾弾のための文書を大阪拘置所、東京拘置所及び法務省矯正局に送る運動をしてほしいことなどが記載されていること、東京拘置所長は、右記載が監獄の処遇や職員に対する在監者の不信感を増大させ、また、共同訴訟人の会の対監獄闘争の一環としての統一行動につながることになるので、取扱規程にいう「紀律を害するおそれのないもの」に当たらないと判断し、これを抹消したことが認められる。

右記載内容と、前記二2で認定したとおり、共同訴訟人の会が対監獄闘争を行っている組織で、その闘争手段として会員在監者による規律違反行為を反復していること及び本件信書の名宛人がいずれも同会の会員在監者であることを合わせ考えると、右信書を名宛人である在監者にそのまま受信させた場合、監獄に対する反抗心をつのらせ規律違反行為に及ぶなど監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があると判断することは、根拠を欠くものでなく、不合理ということはできない。

したがって、右抹消を違法とする原告の主張は採用することができない。

五  「会員短信」の抹消について

1  請求原因6(一)の事実は、東京拘置所の給食中に異物等がしばしば混入していたとの点を除き、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、右抹消に係る会員短信は、東京拘置所在監の共同訴訟人の会の会員間で郵便により順次回覧されるものであるが、原告は、右短信の第一発信者として記載した通信文において、同拘置所の給食中に混入している異物等の採取を会員で組織的に行うこと、採取した異物等を一括して葛飾保健所に送ること、これについては獄外の組織にも協力してもらい、また、他の在監者にも呼びかけることなどを記載したこと、東京拘置所長は、右記載が同拘置所の給食が極めて不衛生であるかのごとき不安感、不信感を在監者に与え、組織的行動を煽動する内容であるので、取扱規程にいう「紀律を害するおそれのないもの」に当たらないと判断し、これを抹消したことが認められる。

右記載内容と、共同訴訟人の会及びその会員の行動が前記二2で認定したとおりであること、また、監獄内の食事が在監者の不満不平の種となりやすいものであることを合わせ考えると、右会員短信を会員在監者にそのまま回覧させた場合、会員在監者及びこれを通じて呼びかけを受けた他の在監者が給食に関して反抗心や不満をつのらせ規律違反行為に及ぶなど監獄の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性があると判断することは、根拠を欠くものでなく、不合理ということはできない。

したがって、右抹消を違法とする原告の主張もまた採用することができない。

六  以上のとおりであるから、本件における東京拘置所長の措置が違法であることを前提とする原告の請求は、爾余の点を判断するまでもなく失当というべきである。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 河野信夫 高橋徹)

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